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東京高等裁判所 昭和24年(行ナ)18号 判決 1949年12月22日

原告

田中マサ 外一名

被告

特許廳長官

"

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

請求の趣旨

原告等訴訟代理人は、「特許廳が同廳昭和二十四年抗告審判第一四号腟内殺菌剤製造法拒絶査定不服抗告審判事件について同年七月十八日爲した審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求めた。

事実

「原告小林儀作はフェニールマーキュリーアセタートに硼酸末及びグリセリンを混合して粘滑物を得、これに非結晶質珪酸と抱水珪酸アルミニユームから成るアドソルビンを混合して常に安定したゾルを形成する腟内殺菌剤製造法を発明し、原告田中マサと共に、昭和二十二年十一月一日特許庁に対しこれが特許出願をなしたところ(同庁同年特許願第七七九三号)同庁は、昭和二十三年十二月二十一日これが拒絶査定をなしたので、原告等は、さらに昭和二十四年一月十九日これが抗告審判を請求したところ、同庁は、同年七月十八日右請求は成り立たない旨の審決をなし、該審決の謄本は同月二十一日原告等に送達せられた。そして、右審決の理由とするところは、本願発明において使用せられるフェニールマーキュリーアセタート、硼酸末及びグリセリンはそれぞれの医薬としての薬効を利用するために配列されたものであることは明瞭であり、かつ酸性白土類のもつている吸着能その他を利用するためにこれを製剤に当り基材として配合することも、特許第一一九五四八号発明の明細書(昭和十一年十一月二十七日公告)に記載せられるように、本願出願前より周知に属しているから、結局本願発明はフェニールマーキュリーアセタートに硼酸末グリセリンを周知の基材を用いていわゆる製剤したにとどまり、従つて、特許法第三條第二号にいう医薬の調合法に該当するものと認められるから、同條の規定によつて特許しないというにある。

しかしながら、右審決は次の二点において不当であつて、到底取消を免れない。即ち

(一)  本願発明は腟内殺菌剤の製造法であつて、単なる医薬の調合法でない。本願発明においては、製剤の資料として、フェニールマーキュリーアセタート、硼酸末、グリセリン及びアドソルビンを使用しているが、フェニールマーキュリーアセタートを使用するのは腟内の弱酸性液中で蛋白質でその殺菌効果を減殺されず、十万倍の稀釈度で強力な殺菌殺芽淸淨作用を現わし、無毒でかつ無色無臭でしかも全然刺激がないから異物感がなく、これに硼酸末を混入するのは、両者相まつて各個が具えた殺菌力よりもその綜合的殺菌は非常に強大となり、かつフェニールマーキュリーアセタートよりも非常に安価で入手が容易であるからである。又グリセリンを前記二資料に混入するのは、これを非常に粘滑として快感を增長し、後記アドソルビンと相まつて安定したゾルを形成し、又前記硼酸末と相まつて精子及び菌の運動を抑制しつつ容易かつ適確に殺菌するものである。なお、前記粘滑物に非結晶質珪酸と抱水珪酸アルミニュームからなるアドソルビンを混入するのは、グリセリンと相まつて常に粘滑を保つて腟内で薄い防ぎよ壁を形成し、外襲病毒菌に対し腟粘膜を保護して梅毒菌等の侵入を防止し、かつ腟内の炎症性分泌物を吸收して子宮内膜炎、子宮附属器炎等の炎症性婦人生殖器疾患を防止し、前記硼酸末及びグリセリンと相まつて一層精子及び菌の運動を抑止し殺菌効果を促進するばかりでなく、着衣等に附着するも容易にもみ落して除去することができるようにしたのである。このように、本願発明は、前記各資料を結合してその本来有する薬効ばかりでなくその他の性能をも利用してその性能以上に新規の工業的効果を生ぜしめるもので、単に各資料の個性をそのまま保有させたるものでないから、単なる医薬の調合法でなく、製造法であると認めるのが至当である。

(二)  本願発明において、アドソルビンを使用した理由は、前記のとおりであるが、製剤に当りこれを基材として使用することも、原告小林の独創に出るもので、原審決のいうように周知の事実に属しない。原審決引用の特許第一一九五四八号の発明は、夏みかんの液汁から凍傷クリームを製造するに当り、酸性白土を吸着剤として使用するもので、本件アドソルビンは、酸性白土と、その性能において、又その招来する工業的効果において、全く別個の基材であるばかりでなく、引例の酸性白土のように、その吸着性のみを利用するのでなく、その他の性能をも利用し、他の目的のためにも使用するのであるから、これが使用をもつて周知の事実に属するとなすのは当らない。

よつて、ここに本訴を提起し、原審決の取消を求める」というにあつて、証拠として、甲第一、第二号証を提出し、原告小林儀作の本人尋問の結果を援用した。

被告指定代理人は、原告等の請求を棄却するとの判決を求め答弁として、本願発明の要旨が原告等主張のとおりであること、並びに原告等主張の日時、主張のような特許出願拒絶査定、抗告審判請求、審決及びその謄本の送達のなされたことはこれを認める。しかしながら、本願発明は、原審決の詳細説明するように、フェニールマーキュリーアセタートに硼酸末及びグリセリンを混合して粘滑物を得ることは、それぞれの医薬としての薬効を利用するために配剤されたものであるるから正に特許法第三條第二号にいわゆる医薬の調合法に該当し、又、これが製剤に当り、基材として非結晶質珪酸と抱水珪酸アルミニュームからなるアドソルビンを混和して使用することは特許第一一九五四八号発明の明細書(昭和十一年十一月二十七日公告)に記載せられているように本願出願前から周知に属しているから、新規な発明ということができない。従つて、本願発明はこれを特許すべきでなく、原告等の抗告審判請求を却下した原審決は相当であると陳述し、甲号各証の成立を認めた。

理由

原告等が昭和二十二年十一月一日特許廳に対し共同して腟内殺菌剤製造法について特許出願(同廳同年特許願第七七九三号)をなしたこと、その発明の要旨が原告等主張のとおりであること、これに対し、特許廳が昭和二十三年十二月二十一日拒絶査定をなしたこと、原告等がさらに昭和二十四年一月十九日抗告審判の請求(同廳同年抗告審判第一四号)をなしたところ、同廳は同年七月十八日右請求は成り立たない旨の審決をなし、該審決謄本が同月二十一日原告等に送達せられたことは、いずれも当事者間に爭のないところである。

原告等は右審決をもつて不当なりとなし、その理由として二個をあげているので、以下順次これについて判断する。

(一)  およそ特許は、新規な工業的発明に対して與えらるるものであるが、医藥又はその調合法に関する発明については、たとえ新規な工業的なものでも特許を與えないことは、特許法第三條第二号の明定するところである。これは社会政策上、保健又は公益の見地から当然首肯しうるところであつて、発明者の忍容しなければならないところである。しかしながら、それは医藥又はその調合法に限るのであつて、医藥の製造法は特許の目的物となりうることもまた疑ないところである。そして、医藥の調合法とは主として医藥の藥効を利用するため、数種の医藥を選択混合することをいうのであつて、これから生ずる藥効、即ち人の疾病を予防し治療し軽減する効力は必ずしも混合せられた個々の医藥のもつ藥効の総和せられたものとは限らず、かれこれ相まつてその効力の一層強大となることもあろうし、又、副次的な作用を生ずることもあろうが、それは、医藥の調合法となすに何等妨げないのであつて、ただ、混合の結果かれこれ影響して別個の化合体ないし新物質と目すべきものが作り出されるか(この場合は嚴密にいえば数種の医藥を新藥製造の材料として使用したので、混合ではない)、又は、混合の操作方法について新規な装置方法が用いられるときは、それらが特許の目的物になるにすぎないのである。今これを本件についてみるに、本件腟内殺菌剤がフエニールマーキュリーアセタート硼酸末、グリセリン及びアドソルビンよりなるものであることは当事者間に爭ないところであつて、原告等は製剤に当りこれら資料を用いた理由、目的、効果についていろいろと述べており、それらの事実はおおむね原告小林儀作の本人尋問の結果によりきゆう知しうるのであるが、それにもかかわらず、本件製剤の各資料は、主としてそれぞれの医藥としての藥効を利用するため配剤せられたもので、即ち、フェニールマーキュリーアセタート及び硼酸末は主としてその殺菌力を利用するため又、グリセリンは主としてその粘滑性を利用するため配合せられたもので、アドソルビンは製剤に当り基材として使用するほかその吸着性を利用するため使用せられたものとなすのほかなく、これら資料使用の結果別個の化合体ないし新物質ともいうべきものの作り出されるのでないこと並びに調合の操作方法において何等新規なもののないことは、原告小林儀作本人尋問の結果により明らかであるから、本件製剤法は結局特許法第三條第二号にいわゆる医藥の調合法に属するものと認むるを相当とする。フェニールマーキユリーアセタートと硼酸末の綜合的殺菌力が著しく強大なこと、グリセリン、アドソルビンが硼酸末と相まつて腟内殺菌に寄與すること、グリセリンがアドソルビンと相まつて安定したゾルを形成すること、アドソルビンがグリセリンと相まつて腟内で薄い防ぎよ壁を形成すること等は、結局これら資料の藥効を利用するものにほかならぬから、何等右認定を妨げることなく、硼酸末がフェニールマーキュリーアセタートより非常に安價で入手が容易であることは、本件製剤の資料として硼酸末を選択した理由を説明するのみで、本件が医藥の製造法であることを証明する根拠となすに足らず、又、アドソルビンの使用により、着衣等に附着するも容易にもみ落して除去できるようになつたとしても、これをもつて著しい工業的効果を生ぜしめたということができぬのである。その他原告等の提出援用にかかるすべての証拠によるも、いまだ本願発明が医藥の製造法である事実を認めることができないから、原告等の(一)の主張は理由なしとして排斥する。

(二)  次に原告等は、本件製剤に当りアドソルビンを基材として使用することは、原告小林の独創に出るものであつて、新規な発明であると主張するので審究するに、アドソルビンは酸性白土を主原料として精製したものであることは、公知の事実であつて、医藥の製剤に当り、基材として酸性白土を用いることは、本願発明前から周知の事実に属することは、成立に爭ない甲第一号証(特許第一一九五四八号明細書、昭和十一年十一月二十七日公告)の記載に徴し明らかであるので、酸性白土に代うるにこれを精製したアドソルビンを基材として使用することも容易に想到しうるところというべく、これを目して新規の発明であるとなすに足らない。なお又、アドソルビンを基材として使用する以外、その吸着性その他の性能を利用するため他の目的に利用することの結局医藥の調合法に属することは、前記(一)において説明したとおりである。原告等の提出援用にかかる証拠によるも、まだ右認定を左右するに足らない。

されば、特許廳が、原告等の本件抗告審判請求に対し、本願発明は特許すべきでないと判定して、右請求は成り立たない旨の審決をなしたのはまことに相当であつて、これが取消を求める原告等の本訴請求は失当であるからこれを棄却すべきものとし、よつて民事訴訟法第八十九條第九十三條を適用して主文のとおり判決した。

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